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東京高等裁判所 昭和53年(ラ)657号 決定 1978年9月11日

抗告人

村嶋大三郎

村嶋清恵

右両名代理人

小坂嘉幸

相手方

野村正明

右代理人

小川景士

東藤生

主文

本件抗告をいずれも棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

抗告人ら代理人は、

一原決定を取消す。

二相手方は別紙目録第一記載の土地(以下本件土地という)上に建設予定の同目録第二記載の建物(以下本件計画建物という)のうち、六階以上の建物部分につきその設計通りの建築工事をしてはならない。

相手方は本件計画建物のうち、六階部分44.12平方米と、七階部分34.95平方米を別紙図面中青斜線部分に設計変更して、右建物を建設せよ。

三相手方は本件土地内に設置予定の花壇につき、これを本件土地とこれに隣接する港区赤坂二丁目二一〇三番、二一〇四番の土地(以下村嶋土地という)との境界線から三〇糎以内に設置してはならない。

との裁判を求め、その理由とするところは別紙準備書面のとおりである。

よつて審案するに、疎明ならびに原審における審尋の結果によれば、相手方は本件土地及びその地上の木造二建居宅を所有し、これに居住しているが、現在右居宅を取壊して右土地上に本件計画建物を建築すべく、建築確認申請中であり、一方抗告人らは本件土地の東南側に隣接して前記の村嶋土地を共有し、その地上に鉄筋コンクリート造陸屋根六階建の建物(以下村嶋ビルという)を共有して、その六階部分に抗告人村嶋清恵が居住していること、この六階部分は床面積47.74平方米で、その南西側にはエレベーター機械室、浴室、玄関、台所が並び開口部はない、これらの北東側に八帖の和室と八帖よりやゝ広い洋室とがあり、和室には北西側と北東側に各一個所の開口部、洋室には北東側にベランダに通ずる開口部と東南側の開口部が存し、ベランダは洗濯機置場、物干しなどに使用されていることが一応認められる。

そこで先ず、抗告人らが本件計画建物の六階以上の建築禁止及び設計変更の命令を求める点につき判断するに、疎明及び前記審尋結果によれば、次の事実が一応認められる。

(一)  地域及び付近の状況

本件土地は地下鉄千代田線赤坂駅南方約四〇〇米、高速道路三号線と四号線が交わる地点の北方約一〇〇米の距離にあり、商業地域、防火地域に属し、容積率四〇〇%、建ぺい率八割、高度制限なく、付近には商店、マンシヨン、料亭などが混在している。村嶋ビルの北側から北東側、東側、東南側にかけては、その至近距離に高層ビルがないか、村嶋ビルの南西側には、抗告人ら所有の五階建ビルがあり、更にその南西に隣接して六階建の茂呂ビル(赤坂グリーンハイツ)が存し、又本件土地の南西側にも七階建の赤坂サニーハイツが隣接している。

(二)  村嶋ビル六階部分に存する抗告人村嶋清恵居宅の冬至期における日照の現状

早朝から一二時頃までは、和室及び洋室の北東側の各開口部から、続いて洋室の東南側の開口部から日照を享受しうる。

一二時頃以降、右洋室東南側開口部からの日照は、前記茂呂ビルにより次第にさえぎられ、前述のように居宅南西側に開口部を有しないことと、右茂呂ビルの日影下に入るため、一五時頃までは全く日照の流入はない。

一五時頃からは、村嶋ビル全体が前記赤坂サニーハイツの日影下に入り始め、以降日没に至るまで日照はない。もつとも問題の右清恵居宅の北西側の開口部からの日照がどの程度さまたげられるかは正確には認め難いが、大部分もしくはそれ以上皆無に近い程度まで阻害されるものとみて差支えない。

なお右清恵居宅がその南西側に開口部を有していないのは、村嶋ビルがもともとその南西側に存する前記の抗告人ら所有の五階建ビルの増築ということで建築され、延焼防止という消防上の見地から規制を受けたことによるのであり、従つて右居宅が南西側の日照を享受し得ないのは、抗告人ら自身が作出した結果に外ならないことが明らかである。

(三)  本件計画建物が右清恵居宅の日照に及ぼす影響

本件計画建物が予定どおり建築されれば、その高さ、位置自体が、清恵居宅北西側の開口部に立ちはだかる形となることは明白である。しかしながら前述のように、右開口部の冬至期、一五時頃以降の日照は、既に赤坂サニーハイツによつて殆んどさえぎられているのであり、本件計画建物が右日照をさまたげることはあつても、その程度は僅かなものに過ぎないというべきである。

以上(一)ないし(三)の事実によれば、本件計画建物完成による右清恵居宅の日照阻害の程度は、社会生活上受忍すべき限度を著しく超えるものとは到底いゝ難く、従つて抗告人らは相手方に対して本件計画建物の六階以上の建築禁止、設計変更を求める権利を有しないというべきである。

なお抗告人村嶋大三郎外一名と相手方との間に、昭和四八年七月九日東京地方裁判所において裁判上の和解が成立し、各々が所有する土地上における将来のビル建築につき、相互に日照権侵害を理由とする仮処分、調停の申立もしくは行政庁に対する救済の申立をしない旨約したにもかゝわらず、抗告人らが昭和五〇年九月頃、村嶋ビル建設のため港区役所に建築確認申請をなした際、相手方は件外二又川タカと連名で、二又川タカ居宅に対する日照権侵害を理由に、港区役所に設計変更方陳情し、その結果抗告人らにおいてやむなく村嶋ビル六階部分を若干手直ししたことが疎明されるが、かゝる事情があるからといつて、その事実を下に本件計画建物の六階以上の建築禁止、設計変更を求める権利を有する旨の抗告人らの主張は到底容認し難い。又抗告人らは右二又川との間の地域協定を云々するが、このことは抗告人らの日照権とは何ら関係がなく、その主張自体採るに足りない。

次に抗告人らの本件仮処分申請の趣旨第二項につき判断するに、成程疎明によれば、前記裁判上の和解において、抗告人村嶋大三郎外一名と相手方との間に、その所有する各土地上における将来のビル建築につき、ともに建築基準法上の基準を厳守し、右各土地の境界線から少くとも三〇糎以内に建物、その士台、庇等の建築物を設置しないことを約したことは一応認められるが、本件計画建物に附属して、相手方が本件土地と村嶋土地との境界線から三〇糎以内に花壇を設置する意図、計画を有することについては疎明がない。

以上のとおりであるから、抗告人らの本件仮処分申請はいずれも被保全権利について疎明がないことに帰着し、また保証をもつてこれに代えることも相当でないので、これを却下すべきである。<以下、省略>

(安藤覚 森綱郎 新田圭一)

別紙目録<省略>

準備書面<省略>

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